伊藤 正雄 Masao Ito

Never ForgetからNever Againへ

7. 戦争をなくさなければならない

資料館にヨハネ・パウロ二世の平和アピールの碑があります。この碑には

「戦争は人間のしわざです
戦争は人間の命を奪います
戦争は死そのものです
過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです
ヒロシマを考えることは、核戦争を拒否することです
ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任を取ることです」

と書かれています。

人類の長い歴史の中で争いがなかったことはありません。人類の歴史は戦争の歴史だと言っても過言ではないでしょう。そして、戦争に勝つために相手よりすぐれた武器を持つことが求められます。その行き着く先に核兵器があるのです。戦争があるから核兵器は開発され、使用されたのです。核兵器をなくすために、私たちは戦争を起こさない努力をしなければならないのです。

被爆者はこれまで世界中で、自分の体験を語ることで核兵器のもたらす惨禍を訴えてきました。被爆者の悲願は核兵器の廃絶です。かつて広島市平和文化センターの理事長(在職:2007~2013年)をされていたスティーブン・リーパーさんは、2020年までに核兵器を廃絶しようという「2020 ビジョン キャンペーン」を提唱されていました。その当時、被爆者の誰もが実際に2020年までに核兵器が廃絶されるとは信じていませんでした。ところが2017年、国連総会で核兵器禁止条約が採択され、2020年には発効条件である批准国が50カ国に達し、この条約は2021年1月17日に発効したのです。2022年9月25日現在で、署名91カ国、批准68ヶ国・地域となっています。核兵器の廃絶は未だ実現していませんが、禁止条約が発効したことは、私たち被爆者にとって大きな喜びとなりました。私はこのことで、たとえ小さな声であっても地道に行動を続けることで、大きな目標を達成することができるということを実感しました。

また平和公園のまんなかに立つ「こどもの像」は、2歳で被爆し12歳で白血病で亡くなられた佐々木禎子さんの同級生たちが、全国の中学生たちに寄付を呼びかけて建造されました。子供達の小さな声がその後世界中に広まり、大きな力に結実したのです。

日本は戦後77年以上戦争をすることがありませんでした。私たち一人一人の声は小さいですが、それでも声をあげ続けてこの平和を維持しなければなりません。ローマ法王が言われるように、私たちは過去を知り、未来の世代に対して責任を果たさなければいけないのです。そして核兵器を拒否し、平和な世界を築くことに責任を果たさなければなりません。

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