切明 千枝子 Chieko Kiriake

平和はじっと待っていても来てはくれません

10. 伝えなければならない

私は、下級生が亡くなる間際に母親に「お母さん、私が死んでも泣かないで。お兄ちゃんが死んだ時も泣かなかったでしょ。私はまだ子供だけど、名誉の戦死だから泣かないで!」と言って息を引き取っていったのを見ました。また軍歌の中に「露営の歌」というのがあって、

♫勝ってくるぞと勇ましく
誓って故郷を出たからにゃ
手柄立てずに死にゃりょうか

と歌っていました。私達の世代は子供のころから軍国教育を受け、国のために命を捧げることを名誉なことと教えられました。

今、私達は「国のために命を捨てる」などとは考えもしません。子供達に、「国のために命を捨てられますか?」と聞いても、手を挙げる子はいません。この変化は一朝一夕でなし得たことではないのです。戦後、長い時間をかけて平和を作る努力をしてきたからこそなしえたことなのです。地道に過去に向き合い、戦争の引き起こす惨禍を伝え続けなければ、あっという間に時代は逆行してしまいます。常に社会に目を向け、おかしいと感じた時には声を上げ続けなければ、気づいたら「戦争が廊下の奥に立っていた」(渡辺白泉)という状況になり得るのです。戦争の種は、必死で廊下の奥に押しとどめておかなければ、気づかないうちに取り返しがつかないところまで来ているのです。

そして被害だけを語ってはいけません。加害も伝えていかなければなりません。ヒロシマを語る時、どうしても被害の側面だけになってしまいがちです。けれども戦前、戦中と広島は軍都であり、侵略戦争の加害の中心地だったのです。そのことは原爆の被害を語ると同時に語らないといけないと思っています。

私は子供達にいつも言っています。小学生であっても、中学生であっても、小さいから何もできないということはありません。平和は黙っていてはやってきません。平和な世の中にするには、自分に何ができるのか考えてみてください。現在の核兵器は、広島・長崎に落とされた原爆の何百倍もの威力があります。戦争が始まって、もし核兵器が使われることがあったなら、地球は滅びてしまいます。とにかく戦争が起こらないように一人一人がその種を廊下の奥に押しとどめる努力をし続けることが大切なのです。

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