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学生からのコメント

平和学習のために、HIROSHIMA SPEAKS OUTのサイトを使ってくださった大学のセミナー参加者からのコメントを、許可を得て掲載させていただきます。
(お名前はイニシャルとしています)

Y.K

  • 広島で生まれて広島で育って22年、何度か資料館を見に行ったこともありましたが、
    それでもここには私の知らなかったことがたくさんありました。
    大学を来年卒業するころには広島を出ていくかもしれませんが、この記憶だけはこの事実だけは忘れずにいたいと思いました。
  • このサイトで初めて被爆者の方が描いた絵を見ました。資料館で模型を見たり、資料映像などを見たことはありましたが、実際に人の目から見た原爆投下時のリアルな絵が描かれていてとても胸がうたれました。
    そのほとんどが原爆投下から30年以上たっているのに鮮明に描かれていて、長い時間がたっても人の記憶に強く残ってしまうほどの衝撃と悲しみがあるように感じました。
    その絵を描く際にもきっとその光景を思い出し恐怖を感じたりもう思い出したくないという感情もあったのかもしれないけれど、こうして後世のために残してくださったのは語り継ぐうえでもとてもありがたいことと思います。
  • 脱出手記を読みました。何人かの方が描いていたのですが、原爆投下直後に辺り一面が夜よりも真っ暗になっていたことを初めて知りました。
    資料などで第三者からその状況を見聞きすることはありましたが、実際に何人もの被ばくされた方の手記を読んだのは初めてでした。今までで一番投下直後の地獄のような状況を詳しく知ることが出来ました。
    また、H君の手記にもあるように戦後は誰しもが同じ過ちを繰り返してはならないと思っていた時代から、実際に被ばくした方が少なくなるにつれてその記憶が薄れてしまうことには私も恐怖を覚えました。
    今の世界状況を見ればいつ同じような過ちが起こってもおかしくないと思います。
    アメリカ、北朝鮮、ロシアなどの核を持っている国が核を「抑止力」という名のもと保持している以上広島の悲劇は学ばれていないと思ってしまいます。

A.K

  • 愛の文明を拝読させていただきました。今この世界は核に頼っています。
    核兵器による抑止、核によるエネルギー。両者とも効果的で世界の役に立っているように見えますが、核による抑止力は安全保障のジレンマを引き起こし、核によるエネルギーは必要なものとして人々に依存されていますが、東日本大震災のような事件が起きた時、それは兵器ではないものの人間の人体を脅かすものになります。
    この核を無くすことは、容易いことではありませんが、これからの私たちの世界を築く上で必要不可欠な事だと思います。
  • 村上啓子さんのヒロシマを伝えたい。を拝読させていただきました。
    私は広島県で育ち、小学校から高校まで当たり前のように平和学習を毎年していました。ヒロシマを10年以上学んでいても知らないことはまだまだ沢山あると思いました。
    なぜなら、原爆の被害にあったのは原爆を落とされた広島、長崎だけでなく、原爆を作っていたアメリカにすむアメリカ人もいたからです。
    第二次世界大戦中、軍に携わっていたアメリカ国民は原爆の恐ろしさやそれがもたらすこと等何も知らなかったのだということを知りました。
    だから、原爆を作る事にかかわった人たちは、身体や自分の子供に影響が出てしまいました。
    これも原爆の被害にあったと言えることだと思います。
    私たちは原爆の加害者はアメリカと大きく括りがちですが、加害者は原爆を作ることを提案し、指示を出している政府なのだと思いました。
    アメリカ政府に限らず、国民に大事なことを伝えずに指示だけ出して国民を使うというやり方をする政府はずるいと思いました。
    政府は国をまとめる役割をする人たちなのに、国民に知る権利も与えず政府の言いなりにさせることはあってはならないと思いました。
  • 被爆の実相を今回拝読させていただいた時に、思ったことが2つあります。一つ目はきのこ雲についてです。
    私の祖父は第二次世界大戦中三次市に住んでいました。祖父は当時まだ幼かったそうですが、8月6日の日は朝外を散歩していたそうです。
    そして散歩しているときに巨大なきのこ雲を見たそうです。私自身、三次から広島まで通っていますが、決して近いとはいえない距離にある位置からきのこ雲がはっきり見えたということは、それだけ大きな雲だったのだなと思います。
    雲がそれだけ大きかったということは、それだけ落とされた原爆の威力が大きかったということだと思います。
     
    二つ目は、原爆の威力についてです。原爆のエネルギーは熱戦35%、爆風50%、放射線15%と書かれていました。
    文字で表されているのを目で見るだけでは威力はあまり伝わってきません。
    広島のことをたくさん学んだうえでこの数字を見ればどれだけ原爆がすさまじしいものかが分かりますが、初めて原爆を知る人がこの数字を見てもおそらくピンとこないのだろうと思いました。
    しかし、いくら広島のことをたくさん学んでいても、やはり数字や表記だけでは100%理解するのは難しいのだろうと思います。
    しかし、当時広島にいた者にしかこの恐怖を本当に理解している人はいないでしょうし、伝えることは難しいことだけど、戦争を二度と起こさないためにも伝えることは大切であるという二面性をもっているのだと思いました。
    また、私たちは原爆を経験してはいませんが、戦争の引き起こす恐ろしさ、原爆の恐ろしさ、そういうことを受身的ではなく、前向きな姿勢で知ろうとしなければいけないと思いました。
    戦争のない時代に生まれて。平和ボケをしてしまっているからこそ、過去のことをしっかり学び、自分たちの未来を築き上げていかなければいけないと思いました。何年広島のことを学んでいたとしても知らないことはまだまだ沢山あるので、原爆だけに限らず戦争のこと、過去のこと、日本の歴史をしっかり学部べきだなと思いました。

T.K

  • 子供を原爆で失った遺族の手記を読んで泣きました。
    私はまだ子供もいませんが、もし私が親で、子供が被曝して亡くなったら悲しみと憎しみで自分も後追いしてしまうかもしれないと思いました。
    その遣る瀬無い思いが何十年も続くと考えるだけで、とてもつらくなりました。
    私のおじいちゃんの兄は戦時中に生きていたと聞きました。 そう考えると、沢山の方がなくなっていった中で、奇跡的に生き残れた人は本当に奇跡だと思いました。 
    そんな人たちを差別していた他の無知な人達にも腹が立ちました。

M.G

  • 核兵器なき世界に向けての取り組みはとても大切なことだと思う。広島は原爆からさまざまな復興活動を経て、今がある。しかしながら世界では抑止力として核兵器を保持している国がいくつかあるのが現状である。
    そこで私は被爆者の原爆体験や核兵器なき平和に向けた想いなど、これから先の若い世代にしっかりと伝え広げていくことが大切であると思う。
    そこで広島県、長崎県だけにかかわらず全国そして世界中の国民に、被爆者の声と届けながら核兵器の恐ろしさや広島、長崎の原爆の歴史について教育を行うことがとても重要だと考える。
  • 遺族の手記・流灯を呼んで世界中では今でも日々戦争で苦しんでいる子供たちがたくさんいる。
    そして中にはアフリカのダイヤモンド戦争のように子供たちが武器を持って戦争に参加しなければならない国がある。
    歴史的背景や文化、宗教によって戦争を解決することはとても困難であるが、原爆を経験した広島から戦争なき平和の想いを世界中に発信し、一人でも多くの国民が平和へと意識を変えることが大切であると思う。
  • 私は被爆者の声、願いを大切にすべきだと考える。
    時間が経つにつれ、被爆者の被爆体験を直接聞くことができなくなる。私は今の時代のうちに一人でも多くの国民に原爆の恐ろしさ、核兵器なき世界に向けた願いなど被爆者から伝えて行って欲しいと考える。
    原爆投下前のアメリカの核兵器に対する解釈は現在と全く違う。
    当時のアメリカ政府は戦争に核兵器を使用することに正当化していたが、広島、長崎に投下し、その日被害を知り、広島から平和を訴える言葉を聞くことなどによって、アメリカも核兵器廃絶への取り組みを始めて来た。
    このように世界中で一国が核兵器の解釈を変えていけるようにしていくことが大切であると思う。
    そのためにも広島から世界中へ原爆の歴史について被爆者から私たち、そして私たちからさらに若い世代へと伝えていきたい。

M.I

  • あしたきららを読んで、二度と恐ろしく悲惨な戦争を二度と繰り返してはいけないという伊藤眞理子さんの思いが強く伝わってきました。彼女の「怒ること、憎しむことからは何も生まれない」という言葉がとても胸に残りました。確かにそうだと思います。
    あの時原爆が落ちなかったら、あの時戦争がなかったらと考えても憎しみや悲しみが募るだけです。
    もちろん戦争がなかったら一番です。でももう過去を変えることはできません。でも未来は私たちの手で作ることができます。
    この伊藤さんをはじめとする被爆者の方々、平和を願う方々の思いが無駄にならないように広島に生まれた私たちが、率先して平和を築いていかなければなりません。
  • 遺族の手記・流灯を呼んで世界中では今でも日々戦争で苦しんでいる子供たちがたくさんいる。
    そして中にはアフリカのダイヤモンド戦争のように子供たちが武器を持って戦争に参加しなければならない国がある。
    歴史的背景や文化、宗教によって戦争を解決することはとても困難であるが、原爆を経験した広島から戦争なき平和の想いを世界中に発信し、一人でも多くの国民が平和へと意識を変えることが大切であると思う。

R.N

  • 家族や友達がなくなったらと想像するだけで胸が張り裂けそうです。ほんの1っ発でたくさんの人を溶かしてしまう殺人兵器なんてこの世にあってはならないと強く思いました。まだ核兵器が近くの国がもっていると思っただけでぞっとしました。

A.M

  • 私は、広島で生まれて広島で育ち、学校で勉強してきました。
    しかし、今回、「被曝の実相」を読み、自分は何も知らないのだと強く感じ、広島の人として恥ずかしいと思いました。
    どのくらいの範囲が影響を受け、どのくらいの人が亡くなり、どのような症状を引き起こしたか、後遺症や次の世代へ遺伝するなど、驚くことばかりでした。
    今まで、学んだつもりでしかなかったのだと、情けなく思うと同時に、もっと知っていくべきだと思いました。原爆投下から、70年以上になりますが、この悲惨な出来事を後世に伝え、もっとみんなに知ってもらうことが大事だと思いました。