寄稿

「原爆の図 丸木美術館」浜井道子

丸木位里・俊夫妻の描いた作品を展示する丸木美術館には、開館当初から一度は訪れてみたいと思っていた。この夏(2006年)、運よく友人二人と訪れる機会を得ることができた。これまでも広島市で行われた展覧会で、数部の作品を見たことはあるが、15部すべてを見たのは今回がはじめてである。

丸木位里氏は原爆投下後3日目に、俊氏は一週間後に広島に入ったということだ。そこに描かれている被爆者は何百人もいる。そのひとりひとりがあたかも実存したひとりひとりを写実したかのようにリアルである。その中のたったひとりを見るだけでも、心が耐えがたく重くなり、その形相から痛みが、苦しみが見ている私に突き刺さってくる。

そこに描かれてかれているたったひとりの被爆者を見ただけで、このような重い気持ちにさせるこれらの絵を、一人ひとりデッサンし、あのような大きなキャンバスに何百人と描いていく時、丸木夫妻はどれほどの勇気を必要としたのだろうか・・・。まず私の脳裏をかすめたのはそんな疑問だった。それは重苦しすぎる作業であったに違いない。

それでも夫妻の思いを受け止めたいと、丁寧に作品を見続けていくうちに、ふと、これらの絵に描かれている、灼熱に焼かれ、放射能に犯されながら無念の思いで亡くなっていった人々の息遣いのようなものを感じた。もしかしたら丸木夫妻は凄まじい形相で生を終えようとしている人びとをキャンバスに描くことで、彼らに生を与え、語らしめているのではないか。

そこにいる被爆者ひとりひとりが広島・長崎で無言のうちに亡くなられた被爆者の代弁者なのである。丸木美術館では被爆者の声なき声が聞こえてきた。