2012年01月27日

53 アメリカ編4-18

NPT再検討会議の幕間

 05年5月2~27日。NPT(核兵器不拡散条約)再検討会議(5年毎の見直し)が開催される。世界の良心が国連本部を注視しているが、未だ調印していないインド、パキスタン、北朝鮮の動向が不穏因子を抱えたままである。
 4月28日のニューヨークは人種の坩堝だった。ヒロシマ・ナガサキの被爆者が千人以上も結集しているそうだが、その数の中に入っていない私も被爆者だから実数は如何ほどだろうか。
 国連内部に入るにはIDカードが必要である。時期が時期だけに窓口は長蛇の列だった。受取ったIDカードを首から下げると、いよいよ行動開始。
 安部信秦(あべのぶやす)国連事務次長(軍縮担当)を表敬訪問。私たちのミッションの目的と経過報告をさせて頂いたと同時に、大量破壊兵器問題、軍縮関係の各国間の綱引きについて諸問題を聞かせて頂いた。NPT再検討会議は全員一致が原則となっているので、核保有国は投票しないことは分かっているし、諸事情を考えても進展は難しいだろう。核保有国を追い込む必要があるのだが、せめて、IAEAの査察案強化の方向性が出せればいいと思っていると言われた。さらに、私たちの平和活動へのアドバイスとして、在京の各国大使にコンタクトをとって理解を得る努力をすること、若い世代に働きかけて運動の継続化を図るようにと示唆を頂いた。
 ビル内部のあちこちに飢餓・差別・教育など諸問題を訴えたワークショップが展開されていた。
 ヒロシマ・ナガサキの団体が被爆当時の写真を展示するとともに折鶴コーナーも設けて、鶴の折り方を教えながら核兵器の残忍性を訴えていた。関心を示してくる人もいるけれど、おおかたの人たちは通り過ぎて行く。どの国の人たちも自分たちが抱えている問題にきゅうきゅうとしているようだ。
 4日、NPT再検討会議の真っ只中、正午から広島市長・秋葉忠利氏はじめ10名ばかりのスピーチがあるので議場の傍聴席を埋めた。広島市長、長崎市長、オノ・ヨウコ、被爆者数名・・・この国連の会場で我らが代表であり被爆者の代弁者がスピーチをする、世界の耳目が集ると期待していた。  
 しかし、私の意に反して会議場にいる各国代表が次から次へと姿を消してしまい、残っているのは30人程度になってしまった。肩透かしをされた気分になっていると、この筋に精通している人からヒロシマ・ナガサキの発信は昼休みを利用して行われるのであって、この会議の正式プログラムではないと知らされた。結局、熱心に耳を傾けたのは傍聴席の日本人たちと反核運動をしている人たち、そして報道関係者たちだけだった。
 日本では、これらのスピーチが大きなニュースとして報道されたそうだ。
 結局、合意文書も作成できなかったNPT再検討会議。核兵器廃絶は幻なのだろうか。


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国連ビル前のオブジェ

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