石炭は国の体温だった 骸炭は都市の燃料だった 統制のなかを厳しく働いた人たち ウラニウムは 人間を 白い骸炭にした
当時のエネルギーは石炭に頼っていた。 社員77名のうち女性1名をのぞき76名が死亡した。 生き残った1名が北海道から九州まで、石炭関係者に呼びかけて浄財 (じょうざい)を集め、1957年8月6日、この碑を建立した。 台座裏面に3法人と9名の個人名が刻まれている。碑の中に犠牲者の名を刻んだ銅版が納めてある。
場所:中区大手町 第1公園
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