44. 移動演劇さくら隊原爆殉難碑
解説
第二次世界大戦中、日本移動演劇聯盟(れんめい)は、国家の号令のもとに結成させられた。
原爆投下の8月6日の朝、堀川町(ほりかわちょう)の桜隊 (さくらたい)宿舎には9名の劇団員がいて被爆した。
1951年8月、中国新聞社芸能記者によって質素な木製の碑が建立された。1955年8月、広島で開かれた第1回原水爆禁止世界大会で、碑の建設が新劇人 (しんげきじん)へ呼びかけられた。
現在の碑は1959年8月、新制作座、文学座、俳優座、ぶどうの会、民芸、中央芸術劇場の6劇団と「演劇人戦争犠牲者記念会」の協力によって建立された。
由来碑は広島市民劇場によって作成された。
場所:中区 小町






