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本編-第2編-

49. 慰霊碑(似島)

慰霊碑(似島)

どこから来たか聞かなかった
名前をたずねても応えなかった
小舟でやっとたどりついた島だった
最後のことばを残すことなく
業火に追われたひとたちだった

解説

この碑は、似島(にのしま)町民が建立した碑だが、町民が犠牲者ではなく、島に運ばれて横死 (おうし)した犠牲者のための原爆慰霊碑である。
戦時、この島には、検疫所をはじめ幾つかの軍関係の施設があった。

原爆投下直後から多くの負傷者が島に運ばれてきたが、応急看護の甲斐(かい)なく死亡者が続出した。一部の死者は仮埋葬されてこの地に眠り、長い歳月が流れた。

1971年、似島中学校農業実習地から推定517体の遺骨と、推定100体分の骨灰、その他の遺品が見つかり、発掘された。

慰霊碑(似島)

1992年、旧陸軍馬匹(ばひつ)検疫所馬焼却炉跡からスコップ300杯分の骨片、骨灰が見つかり、発掘された。

2004年、85体の遺骨と65点の遺品が見つかり、発掘された。

それら、発掘された遺骨は平和記念公園内にある原爆供養塔に納骨し、遺品は平和記念資料館に保管されている。

場所:南区似島町

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