トマトが食べたいといったのに 帰ってからね と 仏壇に供えた あなたは帰ってこなかった 後悔は 私のいのちの限り続く それから トマトを食べません そちらで あなたと食べましょう
碑文には以下のように刻まれている。
1945年8月6日午前8時15分、広島市上空に炸裂(さくれつ)した1発の原子爆弾により、全市は一瞬にして阿鼻叫喚(あびきょうかん)の巷 (ちまた)と化す。 猛火(もうか) 市井(しせい)を襲って廃墟(はいきょ)となり、広島県農業会役職員80余名、尊き犠牲となる。 ここに広島支所の在りし、ゆかりの地に近く、碑を建立して犠牲者の霊を祀(まつ)る。 1971年8月6日
場所:中区大手町
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