家に在っては 頼もしい父であり兄だった 橋のたもとで 我が身の傷も省りみず 罹災証明を書いたお仲間もあった ほどなく 治安維持法がなくなった
この碑は原爆投下時に爆心地から1キロの水主町 (かこまち)にあったものである。現在の町名は加古町である。 原爆投下時に破壊されたが、県下警察職員の総意によって1949年秋分の日、比治山 (ひじやま)に移築再建されたものである。 巨大な碑の角が欠けているのを見れば被爆時の脅威を察することができる。 441名の殉職者の名が刻まれている。別に原爆死の354名が合祀 (ごうし)されている。
場所:南区比治山公園
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