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本編-第1編-

50. 済美学校の碑(偕行社附属済美学校の碑)

済美学校の碑(偕行社附属済美学校の碑)

あの日 あなたたちは
おしるこの給食を待っていた
あんなに楽しみにしていた給食のまえに
あなたたちは
業火に灼かれた
天に召された

解説

斉美(せいび)学校は、日本陸軍将校の親睦(しんぼく)・研究団体として1877年に創立された偕行社 (かいこうしゃ)が経営する、軍人や高級官僚子女のための学校であった。
1945年8月6日、給食日だったために登校していた児童、職員、軍関係者など全員が被爆死した。その数160名以上と推定されているが、状況を伝える人はいない。
斉美学校は、敗戦にともない廃校となった。
慰霊碑は男女児童の立像(りつぞう)である。その背面の壁に峠三吉 (とうげさんきち)の詩「墓標」が銅版に刻まれている。

君たちはかたまって立っている
さむい日のおしくらまんじゅうのように
だんだん小さくなって片隅におしこめられ
いまはもう
気づくひともない
一本のちいさな墓標
「済美小学校戦災児童の霊」

済美学校の碑(偕行社附属済美学校の碑)

碑のそばに建っている「済美附属幼稚園」と刻まれた門柱が、往時(おうじ)を忍ばせる。

場所:中区八丁堀 YMCA

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